Friday, July 22, 2011

写真展「Nuclear Blue核に蝕まれる地球 福島」パネル貸し出し中&飯舘村の長谷川健一さんの講演 ほか

本題に入る前に、ちょこっと触れておきたいことがあります。

東電OL殺害事件(ここから関連スレッドを開けて読んでください)として知られる事件の犯人とされたネパール人のゴビンダさんも冤罪という話は以前から見知っていましたが、市橋という男性が犯人とされた英国女性殺害事件も冤罪らしいと知って、びっくり(死亡時刻は彼の逃亡後だとか)。

今ではかなり忘れ去られた事件ですが、これも本当にひどい冤罪でしたし
秋葉原事件被告の加藤君も冤罪だと思って「なんとかしたい」と思いつつ、手が回りません。

↑クリックで拡大して、読んでください
「小太り」でもないし、「返り血を浴びて」もいない加藤被告↓

それはさておき、昨夜は鎌仲監督の映画を観に、メルボルンまで出かけました。

「人間の集中力はせいぜい1時間」を根拠に映画を作るデイヴィッド・ブラッドベリーの作品と比べると「ちょっと長いなぁ」という感は否めない。でも鎌さんの反核第3作は予想通り、いい仕上がりでした。『エンデの遺言』でも明らかでしたが、彼女も本当に優れた映像作家です。

それから、おととしだったか広島まで足を伸ばしたときに、メールで繋がっている広島の仲間から「上関まで来て!」と言われたのですが、宿なども手配していたから旅程変更が容易ではなくて行かなかったのです。でもこれを見たら、なんとかして行っておくべきだったなぁ、と反省。

埋め立て許可の延長は止められたけど、現地の推進派もまだまだ元気らしいので、引き続きみんなで反対して、絶対に祝島も守り抜かなければなりませんね。

祝島をネットで見ていたら、現地取材に行った森住さんのフォト・ブログに行き着き、そこで大事なお知らせが載っていました。(無断転載不可ですから)ご本人に連絡して許可を頂戴したので、2件ご紹介します。ひとつめ、転載開始↓

写真展「Nuclear Blue核に蝕まれる地球 福島」パネル貸し出し中

福島原発の写真パネルの貸し出し(有料)開始しました。
全国で開催をして下さる方、募集中です。
http://www.morizumi-pj.com/shashinten/fukushima.html

===写真展の挨拶文========

私は3.11地震発生後、太平洋側の原発の動向に注目していた。テレビやラジオからは福島第一原発での事故発生のニュースが入りはじめていた。

原発がどうなっているのか?実際にこの目で見てみようと思ってしまう。これがジャーナリストの性なのか?

チェルノブイリ原発で、セミパラチンスク核実験場で、プルトニウムを生産していた核工場で、そして劣化ウラン弾が使われたイラクの砂漠で通用していた放射線測定器の針が振り切れてしまう。これほど高線量を出している土地を歩いたことはなかった。

砲弾が飛び交う戦場でさえ銃弾はそう簡単には当たらない。しかし、ここでは100%確実に我々の肉体に食い込んできた。放射線という見えない砲弾が。そして、細胞を貫通するとき遺伝子を傷つけていったかも知れない。しかし、その自覚がない。目に見えない、音もない、臭いも味も・・・。五感で感じることの出来ない放射線。もし、放射線測定器を持っていなかったら、どれだけ原発の奥深く突っ込んで行ってしまったか?今思うと身の毛がよだつ。

3月下旬から私は30キロ圏外の高汚染地域の飯舘村に取材の焦点を絞ってきた。そこでは高汚染に曝されながら人々が苦悩するの日常があった。私は村の酪農家に密着してその暮らしを追ってきた。

我が子と同じように愛情一杯に育ててきた牛を手放さざるを得ない牛飼いの無念さと怒りに寄り添い、彼らの頬を伝う涙に向けてシャッターを切らなければならない自分もまた、ファインダーが曇ることがしばしばだった。  

汚染された畑に浸みこむ原乳やビニールハウスの中で出荷できなかった小松菜の満開になった菜の花に農民の「悔しさと憤り」を感じた。

しかし、大地に生きる人々の姿は見た目には日常と何ら変わりなく、放射能による汚染と被曝そのものを切り撮る事が出来ない。どう表現したらよいのか。その模索をつづける日々だった。

チェルノブイリ原発周辺以上の汚染地に妊婦や幼子が2ヶ月以上住み続けている現実を伝えなければならない辛さも重なって、私の身体と精神はぼろぼろになり、そのバランスを失っていった。感情の昂ぶりをコントロールできなくなることもしばしばだった。

そして、その旅は私自身の被曝の履歴を書き換えることでもあった。

2011年7月1日

      森住 卓

ここをクリックしてスライドショーをごらんください。

お問い合わせは:
shashintenアットmorizumi-pj.com
(コピペ終わり)
(メルアドの「アット」は「@」に変える)

もうひとつ、ここでお知らせしている会はすでに終わっていますが、こういう方がこうした活動をしていらっしゃることは広く知らせたいと思います。

上の写真展パネルの貸し出し同様、可能な方は写真展を開催したり、長谷川さんのお話を聞く会を開いて一人でも多くの国民に見て、聞いてもらってください。では、もうひとつの転載開始↓

飯舘村の酪農家長谷川さんの話を聞く会

お知らせがちょっと遅かったんですが、これを見て間に合う方はぜひお越し下さい。

お客さんのMさんがこんな話があるんだけれど、話しを聞いてみようよとチャンプールに声をかけてくれました。

店頭で、Hさんにも声をかけ・・・そして決まったのが長谷川さんのおはなしを聞く会です。

期日 7月10日(日) 14:00~
所  相模原市南区東林間4-32 相模原市立東林間児童館2階
会費 1000円(予定)
 会場にはクーラーがありません。扇風機、うちわで涼をとります。
主催 長谷川さんのおはなしを聞く会
問い合わせ 042-747-2858 チャンプール
会場でJVJA写真集「3.11メルトダウン」の販売も行います。

先日私のブログに「飯舘村から 酪農家の長谷川さんをあなたの町に呼んでください」という呼びかけに応えて、チャンプールに来るお客さんたちが「聞く会」を計画してくれました。

以下、私の呼びかけの再録
====================
 みなさん、飯舘村の長谷川健一さんが自らの体験を直接みなさんにお話したいとおっしゃっています。呼んでくれるなら何処にでも行くと。長谷川さんの撮った映像(動画)もあります。

 米軍占領下の沖縄・伊江島で銃剣とブルドーザーによる強制的な土地取り上げに反対し闘うために、カメラを買って米軍の蛮行を記録し続けた阿波根昌鴻さんがいました。

 いま、彼と同じように自分の村の体験を後世に残そうと4月にビデオカメラを買って撮影しています。

 その映像と一緒に話をします。汚染した村を出て行く人々の無念さや悔しさ、原発への憎しみと汚染の今後の心配など、ともに考える良い機会です。

 是非、皆さんに呼びかけて長谷川さんと飯舘村のお話を聞く機会を作っていただけないでしょうか。問い合わせ: iikouenアットgmail.com
(コピペ終わり)

あと、これは「写真家の森住」さんの写真ではないのですが、飯舘村から シーザーのその後に出ている2枚目のシーザー(猫さん)の非常に緊張した顔が目を引きました。シーザーの飼い主だった志賀さんのお話と森住さんの写真も、各自でここから是非ご覧ください。


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