Wednesday, August 30, 2017

ダイアナ妃暗殺から20年。明らかな計画的殺人を「酒酔い運転」だの「パパラッチ」のせいにする大嘘つきメディアを尻目に、無数の疑問と語られぬ事実を今、再び(前編)

前回、文字変換の異様をチラッと書きましたが、こんな調子
一番使用頻度が高いと思われる「死体」が全然出て来ないので(今も)
「死」を「し」や「しぼう」で出して組み合わせるという作業になる。
それだけ、僅かですが 余計な時間がかかるという妨害・嫌がらせです。

それから、
意気盛んなイルミナティ
http://insidejobjp.blogspot.com.au/2017/08/leo.html
と書いた途端に、娘からテイラー・スウィフトの新作ビデオのリンクが来て

Taylor Swift - Look What You Made Me Do
https://www.youtube.com/watch?v=3tmd-ClpJxA

以前から、イルミナティ色をそこかしこで見せていたテイ・テイですが
どこか嫌々やっている気配を感じたり、前回のワールド・ツアーのステージでは
私が見た限り、指サインなどをやっている様子もなかった。
まぁ、席からステージは相当な距離があったけど

しかし、このタイトルからして「あなたが私にやらせたことを見てご覧」

そして しょっぱなに「テイラー・スウィフトの評判、ここに眠る」の墓から
出てくるモロ、サタニックな風体のテイラー。そして歌詞の中には

I've got a list of names and yours is in red, underlined
私が持ってる名前のリストにはあなたの名前が赤い文字で、下線が引いてある

ロスチャの赤か!?

歌いながらの舌出しも
マイリー等と比べれば、遠慮がちではあるけれど
しっかり、やっている。
また、電話口にトレード・マークの真っ赤な口紅で

「前の(old)テイラーは電話に出られません
何故って?
彼女は死んだから!

ブリタニー・スピアーズ、マイリー・サイラス、ケイティー・ペリー等同様
完全にマインド・コントロールされてイルミナティの手下と化したことを暗示して
いるのかもしれません。

一応彼女のファンの娘は、今年28になるテイラーが、まさか36で殺されないか?
と心配している模様。せめて24歳は無事に過ぎてるわけだが、29…
2 + 9 = 11
ってのも、ひょっとしたらありかも?

書いたっけ、彼女の友人でもあるエド・シーランが、その辺すべて理解したような
歌を書いていましたよね、エンタメに憧れ、この世界に入ったけど
いつ死ぬか(殺されるか)わからない…みたいな歌詞で。

でも奴等はテイラーを使ってまだまだタンマリ稼ぐでしょうから、
29で死亡はないだろうね。
おっと、「しぼう→死亡」も出なくなったか!?
悪魔と、血の契約をしたと公言していたケイティー・ペリーは最近増々様子が変だ
というし、超・あられもない格好を散々させられて人気も落ちたマイリー・サイラス
は、そんな自分がしていたことを嫌悪しているそうなので、ひょっとしたら
マインド・コントロールが解けて、まともな思考が戻ったのかもしれません。

マイリーで儲けられない分を、テイ・テイで、ということか。
いずれにせよ、有名&金持ちにしてもらえるかもしれないけれど
あぁ、アリアナ・グランデも同じだが、いつ殺されるかもわからない人生だし
本当に哀れですね。

さて、本題。8月は色々とあった月です。
広島、長崎の原爆投下
御巣鷹山での日航機撃墜事件
http://insidejobjp.blogspot.com/2014/08/jl123.html
終戦記念日も過ぎたけれど、日本人なら、是非これを読んで↓
http://insidejobjp.blogspot.com/2016/12/75.html

他にもあったかもしれないが、決して忘れられないのが
月末のダイアナ妃暗殺事件
36歳で殺された一例。
9/11後、まだ私が結構真剣(?)にアレックス・ジョーンズのサイトを
見ていた頃に、非常に小さくアップされていた動画がありました。

Diana - The Night She Died
ダイアナ - 彼女が死んだ夜


暗殺から6年後以降に作られたドキュメンタリー。しかしサイズがあまりにも
小さくて画面がオボロなうえに、肝心のフランス人証言者たちの英語字幕が
全然読めなかった!!
当時調べたら、教育機関のみしか注文・購入できないとあって
某大学で教えていた友人に頼んでみたりしたが、大学側のOKが出ずとかで
入手不可能。

暗殺後20年の今年、多少なりともこの件を書きたいと思って
YouTubeを探したら、以前見たバージョンは尻切れトンボだったが
最後までちゃんと観られるバージョンが載っていました。

DOCS: Diana - The Night She Died
https://www.youtube.com/watch?v=4r1h_pT2Spg


日本でも、すでに観た方がいるかもしれないけれど
そのなかから、既知の情報もあるだろうし全訳ではないが
私の見解も交えながら、飛び飛び&順序が乱れるかも?ですが
少々書き出してみます。

1997年8月31日の午前零時20分過ぎにダイアナ妃とドディ・アルファイエッドが
パリ中心部のリッツ・ホテルから出発。車内にいた4人のうち生き残ったのは
ボディー・ガードのトレヴァー・リース-ジョーンズだけ

リッツの警備第二責任者アンリ・ポールはMI6のエージェントだったが
それはリッツでどんなことが起きているかを報告するといった仕事。
元MI6のリチャード・トムリンソンは、ポールのファイルを初めて見たのが
1992年だが、その数年前からMI6のために働いていたはずだと発言。

アンリ・ポールの親友クロード・ギャレもポールが諜報機関と関係があったことを
知っていたが、それは人を裏切ったり作戦を実行するという類のものではないと断言
また英国のみならず、イスラエルなど色々な国のそうした機関と関連があった
と匂わせている。

ドディの父 モハメド・アルファイエッドは
「12時頃にドディから電話があり、これから自分のアパートに行くというので
パパラッチがたくさんいるし、危ないからホテルにいろと進言した。
ホテルにはすべて必要なものはあるんだから、と。ドディはその考えに従う
と言ったのに、何故それを変更したのか? 何故、私がドディと話したあと
ポールは『裏から出ればいい』等と言ってドディの予定を変更させたのか?」


と言っているが、アンリ・ポールが考えを変えさせたのか、ドディが父親の進言に
一度は「従う」と言いつつ、やはり自分のアパートに戻ろうと決めたのか
わからないのでは?と私は思う。

その映像の前に、午後7時頃に家に帰ったアンリ・ポールが
「2時間後にリッツに呼び戻された」と言っている。
私には どうも、その辺の時系列も含めてイマイチ不明な感じがします。

アパートに、ダイアナを迎える色々な準備がしてあったから戻りたかったドディと
MI6=女王の亭主のフィリップか息子のチャールズ?からの命令で、ドディたちを
「アパートへ連れて行け」というアンリ・ポールへの指図とが一致したので
あのような動きになったのではないか。

もちろん、そこにはモハメドが言うように「裏口から出ればいい」という
アイディアが出たことで「それなら実現できる」とドディに思わせたのだろうけど。
そして皆さんも多分ご承知のように、ドディのアパートへの道とは反対方向に
ダイアナたちを乗せた車は走り、ポント・アルマ トンネル内で
13番目の柱にぶつかる形で事故が発生。

ダイアナの車のすぐうしろを走っていた事故の第一発見者エリック・ペテル。
しかしフランス当局は彼の証言を無視


おっと、また画像アップに妨害!!
どういう訳か、ペテルの最初の画像を載せさせてくれません>Blogger.com!!
やむなく、そこの画像なし。

「カーブを降りていくと、ヘッドライトが点滅しているのが見えた」

これはダイアナ妃が乗っていたメルセデスのヘッドライトか?
そのあと、
「車は相当なスピードで走っていて、その走行中に破裂音を聞いたんだ。
僕の排気筒に問題があるのかと思ったけど、破裂音が聞こえたのさ」

ペテル以外にも、事故直前に その大きな音を聞いた人間が存在していた。
アルマ・トンネル上の橋の上でお客が戻るのを待ちながら煙草を吸っていた
ショーファー(職業運転手)のクライヴ・グル・ヴドゥ。
車が近づいてくるのに気付き、非常に大きな音を聞いた。
そして、その音は 彼の結論としては
車のギアをニュートラルにしたまま、アクセルを踏んでいる音だ
と言っていた。「ギアに入っていないエンジンが空転する音だ」と。


明らかに、異常な事態が起きていたことを暗示しているような…
ペテルに戻るが、

「バイクを買ったばかりだったので、僕のバイクが音を立てたのかと思ったんだ。
それで、どうしよう? 少しスピードを落としてバイクの様子を見たとき、
大きな、車がぶつかる音が聞こえた」


13番目の柱に

(ナレーション)
ドディとアンリ・ポールは ほとんど即死。

(ペテル)
「後部座席にいる人をみつけて、彼女は前の座席の後部へと倒れてた。
僕が彼女をうしろへと動かし始めたら、彼女の頭がうしろへ動いて
彼女の耳と鼻から血が出ているのが見えた。
そして『変だな、この人知ってるぞ』と思ったんだ」

車の左前方が柱にぶつかったので、左側後部座席にいたドディも
運転していたアンリ・ポールも、ほぼ即死。写真を見ればわかるが ひどい事故。
右側後部にいたダイアナは金属部分に挟まれることもなく生きていた。


このメチャクチャになった残骸を見ると、助手席にいたボディー・ガードの
トレヴァー・リース-ジョーンズが、よくぞ唯一生き延びたものだと思うけど。

(ナレーション)
ペテルは公衆電話にすっ飛んで行って、事故を通報した。
それから近くの警察へ行った。彼は とても(興奮して)震えていた

(ペテル)
「その辺の書類を床に落としたので、警官が僕を落ち着かせようと
したけど、彼等がそうすればするほど僕は動転してしまって
『何とか、してくれよ』と言ったら、手錠をかけられたんだ」

そのうえ、彼はパリの警察本部に連れて行かれた。ペテルはその人物の名を
言っていないが、ドキュメンタリー制作サイドが、パリ警察の警察署長
ピエール・マソニとみなした人物から
「お前の存在を知られないようにした方がいいぞ」と
脅された。


ペテルが証言していることで非常に興味深いのは
事故当時、彼の周りにもダイアナ妃を乗せたベンツ周辺にも
パパラッチはいなかった
と主張していた点。

フランス当局は、最初「パパラッチが悪い」という話をでっち上げたので
ペテルの証言が多くに知られるとまずかったわけです。
また動画から↓

ダイアナは助手席にいたボディー・ガード ジョーンズの席の後部にぶつかって
相当な怪我を負っていたが、挟まれたりはしていなかった。彼女は零時40分までに
現場に来ていた3台の救急車のひとつに乗せられたが、それは、病院に着く前に
2度も止まっている。午前2時になっても、彼女は病院にたどり着いていなかった。

血圧が低かったからというのがその理由だが、1度目はトンネルから1kmの地点で
2度目は病院からたった300ヤード(約275m)にある橋の上で。
現場から たった3マイル(4.8km)しか離れていない病院に着くのに1時間10分かかった。

(フランスでの)調査は、この(病院到着の)遅れが、ダイアナが確実に死ぬことに
繋がったかどうかという、気になる疑問には触れなかった。


そこの病院に着くまでの時間は、どの記録から引用するかによって差が出ている。
私が見かけた最長は、”Unlawful Killing”に出てくる1時間43分でした。
担当した外科医 「今夜、ダイアナ妃は暗殺の犠牲になりました」
とは言っていないが、自動車事故の犠牲になったと述べている

「病院に着いたとき、出血がひどかった」
救急車内で取るべき措置を取らなかったからじゃないの?

「胸部からの(出血が)、そして心臓が止まった」
救急車のなかで、切った成果か?

「開胸したところ、肺静脈がひどく破れていた」
「そして午前4時に死亡」

1997年8月31日午前4時
1 + 9 + 9 + 7 + 8 + 3 + 1 + 4 = 42 → 4 + 2 = 6

事故から2時間後、フランス警察は7人のパパラッチを逮捕。
しかし30時間後にフランス当局は話を著しく変えて、運転手が酒に酔っていたうえ、
薬を服用していたために事故ったということになった。

上はフランスの調査結果に出ていた画像と思われ、アンリ・ポールに処方された
薬らしいが、ポールの遺族が「中身を調べたい」と言ったのに拒否された代物
で、彼の名前、Henriの綴りが間違っているうえに
容器の日付け、月の部分だけ、手書きで書き換えた感じがするのは何故?
ついでだが、
9 + 7 + 2 + 1 + 4 + 7 = 30 → 3

またドキュメンタリーに戻って

証言を無視されたどころか、ペテルは手錠をかけられてパリ警察まで連行され
「ペテルは嘘をついている」とまで記者会見で言われ、パパラッチを犯人に
仕立て上げたわけだ。

ペテルの弁護士は、9月のはじめから「ペテルを尋問してくれ」と要請したが
調査側は7ヶ月も、それを放置していた。そのときになってから、調査委員会は
フランス警察に、何故ペテルの最初の証言記録がなくなっているのか?
と、尋ねる始末。

警察は最初にペテルが嘘つきだといい、
次には彼の証言は はっきりしなかったと述べた。

(アルファイエッドが所有する高級デパート)ハロッズの警備責任者は
スコットランド・ヤード(ロンドン警察)に29年も勤務した人物。
(ジョン・マクナマラ)
「我々が常にやるべきである、もう一台警護の車を用意するという選択を
ボディー・ガードが 取らなかったことに非常に驚きました。またTVで観た映像から
判明したことですが、フランス警察が事故現場を遮断して保存しなかったことにも
大変驚きました。他の事故であろうと、また殊にこのようなダイアナ妃が関係した
事故という大事件だったのですから、現場は保存されるべきでした」

夜明けちょっと前に、緑色の車両がやってきてトンネル内に洗剤を撒いた。
(事故現場は保存されることなく、事故から4時間以内に一般車が通過可能になった)
法医学上の証拠を保持するに、いい方法とは言えない。
清掃だったのか、隠蔽だったのか

またモハメド・アルファイエッド側の4人の病理学者が解剖報告を分析した結果、
当局の発表には28もの間違いがあったことが判明。

解剖時刻の記録がない
それがアンリ・ポールの遺体であると、どうやって特定したのか
明確な記述がない

20.7%の一酸化炭素に関する説明がない
「血中の一酸化炭素を示した結果は、精密さと科学的な価値が欠如した議論を、自分たちが出した結論を正当化するために展開し続けているペパン医師とルコント教授の態度の不可解さと同様に、まったく説明できないものである」
「血液サンプルを(他者のものと)取り違えたのではないかという仮説は、
厳粛に考慮される必要がある」


20.7%もの一酸化炭素が検出されたことに関し、そんな量の一酸化炭素があったら
運転はおろか、まともな動きを取れるはずもない。ポール遺族の弁護士も
「不可能です!」とフランスにおける調査の公式説を否定。
フランスでの調査は 中級クラスの判事アーヴェイ・ステファンを責任者に据え
調査は一般公開もなく行われ、関係者以外、メディアも誰も書類や内容を
知ることが出来なかった。

上からの圧力も当然あるから、警察からの情報も見えてこない。
事故現場を精査した交通課の警官たちの報告も、調査結果に載っていない。

しかし著名な写真家のパトリック・ショヴェルは、最初の事故現場の調査をした
警官と、かなりのやり取りを交わした。
「彼等は当然、調査をしたんです。
でもエリゼ(エリゼ宮=大統領官邸)から圧力がかかった。出さないように、と。
彼等はちっともハッピーじゃなかった。だって、ちゃんと調査をしたんだし
それが彼等の仕事なんだからね。仕事を誠心誠意やってるんだから、
そうやって押されるのが嫌だったんだ」

そして事故から36時間後にフランス当局は<酒酔い運転>と結論したが
(フランスの基準の3倍以上、英国の倍のアルコール・レベル)
それはアンリ・ポールの遺体が十分に検証される以前に出されたものだった。

加えて、速度計が 時速120マイル(=192km)以上で固まっていたと言ったが、
メルセデスは「衝突時に速度計はゼロになるものだ」と即座に反論を主張している。

(メルセデスが申し出た)事故車の調査は拒否されたが、フランス当局は
メルセデスに費用を払って衝突時の速度を調べる実験をした。
他方、ファイルに入れられていない写真がある。

ショヴェルは、話をした警官からある写真を見せられた。
「それはトンネルの入り口で、制限速度60kmを越えると自動的に撮られる写真で
速度と日時が刻まれていた。運転していたアンリ・ポールは普通に見えた。
リース-ジョーンズはちょっと緊張しているような、少し怖がっているような感じ。
スピードが出ていて心配していたのか?(どうかは不明)そして後部座席の
二人は大笑いして、楽しんでいる様子だった」

ショヴェルに、その写真がなぜ公開されていないのか?と尋ねたら

「公式声明は、『フラッシュが機能していなかった』だった。でもその後
(ダイアナ妃を乗せた車が来る)5分か10分前に同所を走った車が、15日後に
速度違反の通告を受け取ったんだ」

(調査の)書類には、最終的な衝突時の速度は時速65マイル(104km)だったと
記されているが、その情報は全く公開されなかった。
事故から2 日後に、フランス警察は相当なスピードだったという点と、運転手が
どれほど酔っ払っていたかを強調したが、その証拠は非常に弱い。

リッツ・ホテルの(CCTVの)映像が、事故30分前にアンリ・ポールがしゃがんで
靴の紐を結び直す様子を写している。左から右へ、揺らぎもせずに動き、よろめく
こともなく、立ち上がっている。

トレヴァー・リース-ジョーンズの弁護士も、ポールが酔っ払っていたなどと
リース-ジョーンズは言っていないし、もしそうだったなら、ポールに運転など
させなかったはずだと、それがボディー・ガードとしての当然の仕事だから
と言っている。


もう、ここまで観ながら訳して書いてても
壮烈にアタマに来てますよ!!
嘘と隠蔽ばっかりじゃん!

本当に 奴等は 私たちが どれほど
愚民化してやった
能無しばかり

と思っているのか!?

ところで、33:49に映る<33>の番地は、アンリ・ポールの住居か!?
そんな住所に住んでいたとしたら、そこからすでに臭いですね。
また動画に戻って

アンリ・ポールの家を捜索した警察は、彼の親友のギャレに言わせると
「酒をみつけることに懸命」で、マティーニなんかなかったのに、冷蔵庫に
マティーニがあったことにされたり、ポールはコカ・コーラ・ライトが大好きで
240本もキープしてあったけど、そんな事実は一切言及すらしなかった。

警察は薬も探していたが
何もみつけられなかったとギャレは言っている。
元MI6のトムリンソンは、アンリ・ポールとMI6の関係が
全然取りざたされていないことに驚愕…


こんな調子ですよ。
別のドキュメンタリーでは、ポール宅の捜索を2度目にやったときには
大量の酒類が出てきた
という話が語られていた。
日本の色々な冤罪でも、証拠がでっち上げられていた話と同じです。

そして、例の白いフィアット、ウノですが
警察はその破片をトンネルでみつけて、メルセデスの前を走っていたと
みなしたが、その持ち主を特定できなかった。しかしアルフェイエッドの探偵が
白いウノをみつけ出した。
それの持ち主は、パパラッチのジェイムズ・アンダンソン。
政界の大物とも繋がりがあった男で、事件当夜トンネル内にいて
最後の写真や映像を撮ったのだと周囲の人々に自慢げに語っていたという。

フランスの国家安全機構はアンダンソンの背景を懸念して調査。
そこの上級職員が明かす。
「1997年8月に彼はダイアナとアル・ファイエッドの乗ったヨットにいたことを
突き止めました。普通はあり得ないこと。しかも1時間かそこらではなく2、3日も」

元MI6のトムリンソンは、アンダンソンのような人物がMI6にいたことを
覚えていた。

「普段は別の職業を持っているが、時に応じてMI6のために金銭的報酬を
受けながら(情報提供などをして)働く人間がいる。写真家で、普段は
パパラッチだが、時折MI6のために働くという人物がいましたよ」

(訳注:それがアンダンソンだとは言っていない)

上述の国家安全機構は、事故当時アンダンソンがトンネル内にいた確証を得た。
「彼は後日、トンネル内にいて写真や、ダイアナの最後の映像を撮ったことを
自慢していたと、彼の周辺の人々が語ったのです」

彼の友人のひとりの未亡人も「トンネル内にいたと言ってたわ。でも
警察にはつかまらなかった。その辺、彼は抜け目がないからね」と語った。

(上述の上級職員)
「ジェームズ・アンダンソンは強力な直感を持っていた
ある人物が突然死ぬ直前に、その人間の写真を撮るという技…」

(ナレーション)
その機関は、アンダンソンが死ぬ直前のピエール・ヴェルガボワを撮影し、
彼と最後に話した人間のひとりだったことを知って、アンダンソンに興味を持った


訳注:その人物、名前が上に書いたように「ピエール・ヴェルガボワ」に
聞こえるので、綴りは ”Pierre Verger Bois” かと思って検索したのですが
どうも、出てこない。政界、経済界あたりの大物だろうと思います。
ご存知の方がいらしたら、コメント欄にでも書き込みをお願いしますね。

(上級職員)
「ジェームズ・アンダンソンが単独で動いていたとは思いません。多分彼は ひとつか、それ以上の諜報機関か、そうしたチームに動かされ、利用されていたらしく、その(組織の)任務はある時点で(人を)消したり、嫌がらせや人格・評判を傷つけることであり、アンダンソンは関連情報を伝える役目を負っていた。彼が英国やフランスの諜報機関と繋がっていたと言う人はいますが、証明されていません。だが、それは除外できない仮説です。そして彼は ぞっとするような死に方をしました
(ナレーション)
アンダンソンは2000年6月に仏軍の敷地内で、自分の車 BMWに火をつけ
焼身自殺したことになっている。遺書は残しておらず、遺体はフランスの特別
奇襲隊員に発見された。彼の友人や葬儀責任者ですら、彼が自殺したという説には
懐疑的だった。こうしたことの一切は、フランスの調査で語られていない


他のふたつのドキュメンタリーでは、
アンダンソンの頭には銃弾が撃ち込まれていて
そのうちのひとつは、その銃弾が二発撃ち込まれていた
と言っているのですけど。

一発撃ち込むのは可能でも、二発撃ち込んで自殺!?
おまけにそのあと車に火をつけて焼身自殺!???
冗談、悪過ぎ!!(怒)

英国の法律で、英国人が(誰でも)海外で不審な死を遂げた場合、調査を
しなければならないと決められているのに、事故(暗殺)から6年経ても
それが為されずにいることを不満に思う人々、最初と最後の方に出ていた
英国での調査を求める高級雑誌「タトラー」編集者等の声を重視して作られた
このドキュメンタリーの紹介は以上。と言いつつ、付け足し。
『ダイアナ--女神の死』著者、デイヴィッド・コーエン博士
エンド・タイトルに「脚本・監督 デイヴィッド・コーエン」とあるので
この人のことだと思うが、英国における調査について述べています。

「英王室検死官は2004年にやっと調査を開始すると宣言し、警察長官だった
スティーヴンス卿に、フランスの調査がどうだったか調べろと命じた。
スティーヴンス卿はチームを引き連れてフランスへ行き、多くがアクセスすること
も出来なかった文書を調べ、『フランスの調査には問題がある』と言った。
それでみんなはスティーヴンス卿が正式な報告を出して本格的な調査が始まると
思ったのに、2006年6月、驚くべきことに検死官が
『この調査はあまりにも時間がかかり過ぎるから』と言って、辞任してしまった。
だから我々は今、非常におかしな状況に置かれている。
調査は開始されたのにもかかわらず、調査を実行する人間が誰もいない…

2006年に調査を見ることはない。2007年にも多分ないだろう。うまくすれば
2008年に始まるかもしれない。トンネル内の衝突から11年も経ってからですよ!」


このドキュメンタリーは、彼の上の言葉で終わっています。
私が昔観たものは、最初と最後が削除されていた。何故かは知らねど。

残るふたつのドキュメンタリーについても、少しはお伝えしたい
と思うので、3人の命日を跨ぐことになりますが、続編を出す予定です。
これを書くだけでも大変だったし、あとふたつも…ってホントに大変なんだけど
&いつになるか? ですが、お楽しみに!

しかし、この暗殺は儀式殺人的な意味合いも持っていたわけで
そういう殺人をしょっちゅうやっているイルミナティを倒したい!!
と思う方は、是非その手下 政府は会社の売国詐欺師どもと税金等の支払い拒否運動を展開してガチに闘うか、

【改訂版】シークレット
http://insidejobjp.blogspot.com/2017/04/blog-post.html
毎日、何度でも言って&広めてください。

応援の★クリック、よろしく!

全文の転載はご遠慮願います&長文の引用も、お断りします。
転送・転載は、この記事のタイトルとURLを。

No comments:

Post a Comment